映画界の巨匠として知られる篠田正浩さんと、昭和を代表する女優・岩下志麻さん。このふたりが夫婦であることは有名ですが、その馴れ初めや家族のことについては意外と知られていないかもしれません。長年連れ添うおふたりに、子どもはいるのか?そして、もし子どもがいるとしたら、現在どんな人生を歩んでいるのか。映画やドラマの世界とはまた違う、家族としての素顔にそっと触れてみたくなりませんか?今回はそんな篠田正浩さんと岩下志麻さんの私生活に迫ってみます。
篠田正浩の妻は岩下志麻
篠田正浩さんと岩下志麻さんって、まさに「理想の夫婦」って言葉がぴったりなふたりですよね。ふたりが結婚したのは1967年の3月3日、場所は京都のとあるお寺だったそうです。静かであたたかい雰囲気の中で誓い合ったその日から、長年にわたって芸能界でもプライベートでも、仲睦まじい夫婦として知られる存在になりました。
映画監督として活躍していた篠田正浩さんと、女優として輝いていた岩下志麻さん。結婚後は、作品の中でもよく一緒にタッグを組んでいて、岩下志麻さんが出演すると篠田作品にぐっと深みが増す、そんな不思議な力を感じさせる関係でした。夫婦でありながら、お互いの仕事にしっかり敬意を持っている姿が素敵ですよね。
1979年には娘さんが誕生し、ふたりで協力しながら子育てにも励んでいたそうです。家の中でも外でも、きちんと支え合う姿はまさに「理想のパートナー」。しかも映画の世界だけにとどまらず、長野県安曇野市では「理想の夫婦」として表彰されるなど、地域の活動にも積極的に関わっていたんです。
いつも自然体で、でも芯のあるふたり。そんな篠田正浩さんと岩下志麻さんの歩んできた道には、思わず憧れてしまうエピソードがいっぱい詰まっています。
馴れ初め
篠田正浩さんと岩下志麻さんの馴れ初めは、まるで映画のワンシーンのようにドラマチック。出会いのきっかけは1960年代、篠田正浩さんが映画『乾いた湖』の主演女優を探していた頃にまでさかのぼります。その後、19歳だった岩下志麻さんが映画『暗殺』に出演することが決まり、ふたりの距離がぐっと縮まっていきました。
特に印象的なのが、映画の撮影が終わったあとに開かれた打ち上げパーティー。ナイトクラブのような場所で、篠田正浩さんと岩下志麻さんはマンボを踊りながら楽しい時間を過ごしたそうです。その瞬間、志麻さんは「この人だって思った」と感じたといいます。
ふたりの出会いは、単なる共演者としての関係にとどまらず、やがてお互いの人生を大きく変える運命的なものに。女優としての岩下志麻さん、そして監督としての篠田正浩さん。互いの才能を認め合い、支え合う関係が、ここから始まっていたんですね。
篠田正浩の子供は何人いる?
1973年、岩下志麻さんが32歳のとき、待望の第一子となる女の子を出産しました。当時、岩下志麻さんは女優として絶頂期にありながら、心の中では「母になりたい」という思いがふくらんでいたそうです。この出産は、彼女にとって特別な意味を持つものであり、一人娘として大切に育てる決意もそこにありました。家庭とキャリア、どちらも大切にしたいという思いがにじみ出ていますよね。
娘さんは現在も一般人として生活していて、名前や顔写真などの情報は一切公表されていませんが、一部の信頼できる情報によれば、慶應義塾大学を卒業し、以前は大手広告代理店・電通に勤務していると言われています。華やかな両親の背中を見ながらも、自分の道をしっかり歩んでいるようで、育ちの良さや教育の賜物を感じますね。
岩下志麻さんは、女優業を続けながらも母としての役割にもしっかり向き合ってきました。妊娠中には看護師のサポートを受けて出産に備え、出産後は仕事との両立に悩むこともあったそうですが、それでも娘さんとの時間を大切にしていたとのこと。「母としての私」と「女優としての私」を常にどうバランスを取るか、葛藤の中でも真剣に向き合ってきた姿に、胸を打たれます。
現在も岩下志麻さんは、俳優としての活動を精力的に続けています。長年連れ添う篠田正浩さんとは、お互いのライフスタイルを尊重し合いながら、少ない時間でも丁寧に過ごすことを大切にしているそうです。娘さんもすでに母となり、ふたりの子どもを育てながら安定した家庭を築いているとのこと。まさに、三世代にわたってしっかりとした絆が育まれているんですね。
今では、岩下志麻さん自身も心と体の健康を意識しながら、料理や運動を日課に取り入れ、家族との時間も大切にしているそうです。あれだけ長く活躍していながら、今も変わらず凛とした姿を見せてくれるのは、こうした毎日の積み重ねのおかげなのかもしれません。
子供の現在は何をしてる?
岩下志麻さんの娘さんは、かつて大手広告代理店の電通に勤務していた経歴を持っています。電通といえば、今も昔も広告業界のトップを走り続ける存在で、国内では圧倒的なシェアを誇る企業。就職先としても大学生に人気が高く、採用倍率はなんと男性で約43倍、女性に至っては約51倍という超難関。そんな狭き門を突破して入社できたという事実だけでも、娘さんが相当優秀であることがうかがえますよね。
ただ、現在はその電通をすでに退職されており、次のステップに進まれているようです。具体的な職業や所属先までは公表されていませんが、これまでの学歴や職歴、そして岩下志麻さんと篠田正浩さんという知的なご両親のもとで育ったことを考えると、キャリアアップや転職も戦略的に選ばれた道だと考えられます。たとえば、広報・マーケティングの専門職や、コンサルティング業界への転身など、より専門性の高いフィールドで活躍している可能性もありそうですね。
一部には「娘さんが医者になった」や「旦那さんが医師」という噂も見かけますが、娘さん自身が医師という情報は誤りです。どうやらこれは、岩下志麻さんご本人がかつて精神科医を目指していたことがあるという過去と混同されて広がってしまったようです。
とはいえ、情報があまり表に出ていないからこそ、娘さんがご自身の人生をしっかりと歩みながら、家庭も大切にしている様子が想像できます。華やかな芸能界とは違う静かな道を、自分の力で切り拓いている。そんな芯の強さが垣間見えるのも、岩下志麻さんの娘さんらしい生き方なのかもしれませんね。
篠田正浩のプロフィール
篠田正浩さん(しのだまさひろ)は、1931年3月9日生まれ、岐阜県出身の映画監督です。長年にわたって日本映画界をけん引し、多くの名作を生み出した巨匠として、その名を聞いたことのある方も多いのではないでしょうか。
学生時代は早稲田大学第一文学部に在籍し、中世・近世の演劇を専攻。当時は陸上競技にも本気で取り組み、箱根駅伝への出場経験もあるという異色の経歴の持ち主です。残念ながら怪我で選手生活は断念することになりますが、その後、情熱を映画の世界へと向けていきました。
1953年に松竹へ入社し、あの小津安二郎さんや渋谷実さんのもとで助監督として経験を積みながら、映像作りの技術と美学を磨いていきます。そして1960年、映画『乾いた湖』で本格的な監督デビューを果たすと、その斬新な視点と美しい映像表現が話題に。以降も『心中天網島』『瀬戸内少年野球団』『少年時代』など、時代を超えて語り継がれる作品を数多く手がけました。日本のヌーベルバーグを代表する監督のひとりとして、その存在感は今も色褪せません。
私生活では、女優の岩下志麻さんと1967年に結婚。映画の現場でも夫婦としてタッグを組むことが多く、おしどり夫婦としても広く知られてきました。2003年には『スパイ・ゾルゲ』を最後に監督業から退き、早稲田大学で映画制作を教えるなど、後進の育成にも尽力されていました。
そして2025年3月25日、篠田正浩さんは肺炎のため、都内の病院で亡くなりました。享年94歳。葬儀は家族葬で静かに営まれ、後日、関係者やファンのための「お別れの会」が予定されています。
長い人生を映画に捧げ、日本映画の歴史に深く刻まれた篠田正浩さん。その功績と存在は、これからも多くの人の記憶の中に生き続けていくことでしょう。
まとめ
篠田正浩さんと岩下志麻さんは1967年3月3日に京都の寺院で結婚。
映画の仕事でも夫婦で多く共演し、お互いの才能を尊重する関係だった。
馴れ初めは1960年代、映画『暗殺』の共演がきっかけ。打ち上げでのマンボダンスで距離が縮まった。
1973年に娘が誕生し、一人っ子として大切に育てられた。
娘さんは慶應義塾大学を卒業後、広告代理店の電通に勤務していたが、現在は退職。
噂で「医者」という説もあったが、本人は医師ではなく、夫が医師という情報が有力。
現在は2人の子どもを育てる母親として、家庭生活を大切にしている。
岩下志麻さんは現在も俳優として活躍しつつ、心身の健康を意識した生活を送っている。
篠田正浩さんは2003年に監督を引退後、教育活動にも従事。
2025年3月25日、肺炎のため逝去。享年94歳。葬儀は家族葬で行われた。