近藤サトさんといえば、グレイヘアがトレードマークの元フジテレビアナウンサーとして知られていますが、私生活でもなかなかドラマチックな歩みをされています。現在の夫は、ナレーターや演出家として活躍する今岡寛和さん。実はこの結婚、かつて「略奪婚では?」というウワサが流れたこともあり、当時の芸能界をざわつかせました。さらに、近藤サトさんには歌舞伎役者・坂東八十助(後の坂東三津五郎)さんとの結婚歴もあり、その離婚理由や背景についても気になるところです。
現在は息子さんとともに、夫婦仲よく穏やかな生活を送っているという近藤サトさん。そんな彼女のこれまでの恋愛と結婚の軌跡を、じっくり振り返ってみたくなりませんか?
目次
近藤サトの旦那は今岡寛和
近藤サトさんの旦那として知られているのが、イベントプロデューサーの今岡寛和さん
です。華やかなメディアの世界で活躍してきた近藤サトさんと、イベントの現場を支える裏方の立場で活躍している今岡寛和さん。一見、まったく異なる世界で生きているように感じられるふたりですが、実は2003年にご結婚されています。
ふたりの関係性は、表舞台と舞台裏という絶妙なバランスで成り立っていて、それぞれの立場を尊重し合える深い絆があるようです。近藤サトさんがテレビやラジオで見せる堂々とした姿の裏には、今岡寛和さんという理解者の存在があるのかもしれませんね。公にはあまり語られることのない今岡寛和さんですが、調べていくと、ふたりの穏やかな関係性や、歩んできた道にぐっと引き込まれるはずです。
今岡寛和はどんな人?
出典:https://www.millenario.com/
近藤サトさんの旦那として知られる今岡寛和さんは、イベントプロデューサーという肩書き以上に「地域に光を灯す仕掛け人」として知られる存在です。兵庫県神戸市出身で、1961年生まれの今岡寛和さんは、阪神淡路大震災の復興シンボルとして名高い「神戸ルミナリエ」や「東京ミレナリオ」といった感動的な光のイベントを手がけてきた方なんです。
現在は自身が立ち上げた「アイ・アンド・エフ社」の代表として、国内外の文化イベントを企画・運営。光と芸術を通じて、地域と人をつなぐ仕事に情熱を注ぎ続けています。そんな今岡寛和さんが近藤サトさんと再婚したのは2003年。きっかけは、今岡寛和さんがプロデュースしたイベントで近藤サトさんが司会を務めたことだったそうで、まさに“仕事が結んだご縁”だったんですね。
ふたりは再婚同士ですが、お互いの活動を尊重しながら家庭を築き、今ではひとりの息子さんにも恵まれています。公の場にはあまり登場しない今岡寛和さんですが、実はとても情熱的で、人を楽しませることに全力な人物。その温かさと行動力が、仕事でも家庭でも信頼を集めている理由かもしれませんね。
近藤サトと今岡寛和は略奪婚だった?
近藤サトさんといえば、フジテレビの元人気アナウンサーとして知られ、現在はフリーで活躍中の女性です。その落ち着いた語り口と上品な雰囲気は、今もなお多くの人の記憶に残っているのではないでしょうか。そんな近藤サトさんですが、過去にはちょっとセンセーショナルな話題もあったんです。
2004年に結婚したお相手は、歌舞伎俳優の坂東三津五郎さん(本名:守田寿)でした。しかしこの結婚、実は「略奪婚」だったとも言われています。当時、坂東三津五郎さんは元女優の寿ひずるさんと結婚していましたが、その関係に終止符が打たれたのち、近藤サトさんとの再婚へと至ったんです。
この経緯については、世間でもいろんな声がありましたよね。「本当に愛し合っていたからこそ…」という見方もあれば、「もう少し配慮が必要だったのでは」とする声も。恋愛や結婚って、いつの時代も一筋縄ではいかないもの。近藤サトさんの経験もまた、人生の複雑さや選択の重みを感じさせる一幕だったのかもしれません。
子供は息子が1人
近藤サトさんが息子さんを出産したのは2004年のこと。気がつけば、息子さんは2025年には21歳。月日の流れって、本当に早いですよね。名前や顔写真などは非公開ですが、近藤サトさんが子育てについて語る言葉からは、母としての温かいまなざしがしっかりと感じられます。
たとえば、「子どもは思った通りには育たない」という言葉。これは近藤サトさんの父親の教えでもあるそうで、その考え方をずっと大切にしてきたと話しています。決して手綱を強く引くのではなく、そっと見守るスタイル。そんな育て方を実践してきたからこそ、息子さんも「自立したい」と考えながらも、自分の意志で「家から大学に通いたい」と決断し、それを近藤サトさんが尊重しているという関係性に繋がっているのでしょう。
家庭内では、近藤サトさんと夫が「変人同士」と言い合うほど自由でオープンな空気が流れているそう。趣味も金銭感覚も異なるふたりですが、互いをリスペクトしながら、子育てにもその考え方を反映しているとのことです。息子さんに対しては「何があっても自己責任。でも信用はしている」とのスタンスをとっていて、それが自然体の親子関係を築く秘訣なのかもしれません。
また、息子さんの学歴も注目されています。成城幼稚園から青山学院初等部へ進学し、その後は中等部、高等部、大学と青山学院の一貫教育の中で育ってきました。実は、小学校受験の際には青山学院だけでなく、学習院初等科や慶應義塾幼稚舎も受けていたという話も。まさに“エリートコース”を歩んできた息子さんは、中学からサッカー部に所属し、スポーツの才能に加え、ルックスもかなりのイケメンだと言われているんです。
近藤サトさんの「干渉せず、でも見守る」姿勢は、まさに現代の子育てのお手本のよう。これからも息子さんの成長を陰ながら支えながら、近藤サトさんらしい“自立を促す育児”が続いていくのだろうなと思わせてくれますね。
近藤サトと今岡寛和の夫婦仲
近藤サトさんと今岡寛和さんは、2003年に結婚してから20年以上、夫婦としての時間を重ねてきたおふたりです。華やかな芸能界とイベント業界という異なるフィールドに身を置きながらも、支え合いながら家庭を築いてきた姿は、多くの人に好印象を与えてきました。
ただ、2017年に今岡寛和さんに関する不倫報道が出たことで、夫婦関係にすれ違いが生まれたのでは?と心配する声もありましたね。その後、別居報道が出たこともあり、ふたりの関係性をめぐってさまざまな憶測が飛び交うようになりました。
それでも、近藤サトさんから離婚についての明言はなく、現在も母として息子さんとの日常を丁寧に紡いでいる様子がうかがえます。「自由だけど責任ある子育て」を大切にしてきた近藤サトさんの姿からは、今もなお家族への思いや温もりが伝わってきます。
一方で、今岡寛和さんの私生活はメディアにほとんど登場しておらず、現在の距離感についてははっきりした情報がありません。だからこそ、ふたりがどんな形で家族として関わっているのか、静かに見守っていきたい気持ちになりますよね。
どんな夫婦にも、それぞれのペースや形があるもの。おふたりがこれからも穏やかな関係を築いていけることを願いたいところです。
近藤サトの元旦那は坂東八十助(後の坂東三津五郎)
近藤サトさんの元旦那として話題になったのは、1998年に歌舞伎俳優・坂東八十助さん(後の十代目坂東三津五郎さん)
と結婚した時のこと。
実はこの結婚、坂東八十助さんが当時、元女優の寿ひずるさんと婚姻関係にあったことから、「略奪婚」として取り沙汰されることになったんです。不倫関係の末に結婚に至ったという報道に、多くの人が驚き、ワイドショーや週刊誌でも連日取り上げられましたよね。
当時は、近藤サトさんに対する風当たりもかなり強く、アナウンサーとしてのキャリアにも影を落とす結果となってしまいました。けれどもその後、近藤サトさんは自らの道をしっかりと歩み直し、現在ではグレイヘア姿をはじめとする“等身大の女性像”として、再評価されるようになっています。
この経験を乗り越えたからこそ、今の近藤サトさんの強さと柔らかさがあるのかもしれませんね。
元旦那との離婚理由は?
離婚の背景には、「子どもを持ちたい」という近藤サトさんの気持ちと、それに対して前向きになれなかった坂東三津五郎さんとの間で生じた温度差があったとも言われています。
家庭を築きたいという想いが届かず、心に抱えた葛藤がやがてふたりの距離を広げていったのかもしれません。
ただ、この出来事をきっかけに、近藤サトさんは自分の人生や価値観を改めて見つめ直すようになります。表舞台から少し距離を置きながら、自分らしい生き方を模索する中で、出会ったのが今のパートナーであるイベントプロデューサー・今岡寛和さん。2003年には再婚し、翌年には念願だったお子さんにも恵まれ、穏やかで温かい家庭を築いていきました。
辛い経験があったからこそ、今の幸せを大切にできる。そんな近藤サトさんの歩みには、共感する方も多いのではないでしょうか。過去を否定せず、学びに変えて、しなやかに人生を歩むその姿が、今の彼女の魅力に繋がっているように感じます。
ちなみにですが、坂東三津五郎さんは2015年にすい臓がんのために59歳の若さで亡くなっています。
近藤サトが白髪なのはなぜ?
出典:https://hochi.news/近藤サトさんが白髪染めをやめた理由には、思わず心を打たれるような背景がありました。きっかけは2011年の東日本大震災。「もし突然美容室に行けなくなったら」と考えたことから、白髪を染める生活を見直すようになったそうです。その中で自然体でいること、自分の年齢を受け入れて生きることの大切さに気づいたといいます。
50歳を迎えたとき、グレイヘアという新しい選択をした近藤サトさん。これは見た目の問題だけでなく、「本当の自分らしさを大切にしたい」という内面からの変化でもありました。「若く見える」ことをゴールにしないその姿勢に、多くの女性たちが共感しています。
白髪を受け入れるという選択は、世の中に広がる固定観念を軽やかに超えていく勇気でもあります。白髪を染めることも素敵な選択。でも染めないという道も、堂々とした自分らしさの表現だと近藤サトさんは伝えてくれています。
今では、彼女のグレイヘアは単なるヘアスタイルではなく、自分自身を大切にする生き方の象徴。年齢にとらわれず、変わり続けることを恐れず、自分らしく生きることの素晴らしさを教えてくれています。誰かと比べるのではなく、自分の心に正直でいること。その大切さに気づかされる人も多いのではないでしょうか。
近藤サトのプロフィール
近藤サトさんは、1968年7月11日生まれ、岐阜県土岐市出身のフリーアナウンサーです。1991年にフジテレビへ入社し、『FNNスーパータイム』や『FNN NEWSCOM』などのニュース番組で活躍してきました。報道だけでなくバラエティ番組にも出演していて、当時のフジテレビを知っている方にとっては、きっと印象深い存在だったのではないでしょうか。
1998年にフジテレビを退社したあとは、フリーアナウンサーとして活動をスタート。ナレーションの仕事も多く手がけていて、『有吉反省会』や『ビートたけしのTVタックル』など、あの落ち着いた低音ボイスが番組にしっくりハマっていましたよね。
さらに2011年からは、母校である日本大学芸術学部で特任教授としても教鞭を執っており、後輩たちにアナウンスや朗読の魅力を伝えています。テレビの世界だけでなく、教育の場でも存在感を発揮しているのが素敵です。
私生活では、1998年に歌舞伎俳優・坂東三津五郎さんと結婚しましたが、2000年に離婚。その後、2003年にイベントプロデューサーの今岡寛和さんと再婚し、翌年には男の子を出産しています。お子さんの成長とともに、自身の生き方もどこか柔らかく深みを増していったように感じられますね。
音楽や美術、料理など趣味も多彩で、人生を豊かに楽しむその姿勢にも共感する方は多いのではないでしょうか。年齢を重ねることをポジティブに受け止め、自分らしく歩んでいる近藤サトさん。これからも、その自然体な魅力で、私たちに勇気と元気を届けてくれそうです。
まとめ
● 近藤サトの旦那は今岡寛和
2003年にイベントプロデューサーの今岡寛和さんと再婚。メディアの世界とイベント業界という異なるフィールドながら、支え合う関係を築いている。
● 今岡寛和はどんな人?
神戸ルミナリエや東京ミレナリオを手がけたイベントプロデューサー。現在は「アイ・アンド・エフ社」を経営し、国内外で文化イベントをプロデュースしている。
● 近藤サトと今岡寛和は略奪婚だった?
前夫の坂東三津五郎さんとの結婚が略奪婚とされ、当時の報道で大きな話題に。寿ひずるさんとの関係が終わった後に近藤サトさんと結婚した。
● 子供は息子が1人
2004年に出産。息子さんの名前や顔は非公開だが、教育方針は「自由と自己責任」を重んじたスタイルで、親子の信頼関係が深い。
● 近藤サトと今岡寛和の夫婦仲
2017年に今岡寛和さんの不倫報道や別居の噂もあったが、離婚はしておらず、近藤サトさんは家庭と子育てを大切にしながら穏やかな生活を続けている。
● 近藤サトの元旦那は坂東八十助(後の坂東三津五郎)
1998年に結婚。坂東三津五郎さんが前妻と婚姻中だったため、「略奪婚」として報道された。2000年に離婚。
● 元旦那との離婚理由は?
子どもを望んだ近藤サトさんと、消極的だった坂東三津五郎さんとの間で価値観にずれが生じ、離婚に至ったとされる。
● 近藤サトが白髪なのはなぜ?
東日本大震災をきっかけに「染めることの不自由さ」を見直し、50歳でグレイヘアを選択。自然体で年齢を受け入れる姿勢が多くの女性に共感を呼んでいる。